次回の西洋音楽史講座は前回・前々回と同じくSalon du Village(吉祥寺駅公園口徒歩12分)になります。講師に大村新氏を迎え、私と共同でロマン派について演奏を交えながら語ります。ピアノはベーゼンドルファー。会場の雰囲気も素晴らしいです。(以下詳細)
西洋音楽史講座#9:「ロマン派再考」
日時:2026年5月24日(日)14時〜17時(途中入退室自由)
場所:Salon du Village(吉祥寺)
講師:大村新(音楽学/ピアノ)、津田宗明(作曲/ピアノ)
参加費:2,000円/2,500円(前売り/当日)
第一部(14時〜):「ロマン派音楽の起源について」(津田宗明)
本講義はフリードリヒ・ブルーメなどの論説を参考にロマン派という時代区分を古典派(classic)とロマン派(romantic)のいわば弁証法と捉え、この時期にはじめて射程を伸ばすことが可能になったJ.S.バッハにおける敬虔主義およびその影響、C.P.E.バッハにおける前ロマン派的要素、ベートーヴェン作品に胚胎し最終的にはロマン派を瓦解させた「絶対音楽」的理念などについて実演を交えながら考察し、この時代の音楽史の力動性を捉えることを目的とする。
第二部:「ロマン主義の後に〜ショパン《マズルカ》op. 59-1を巡って」(大村新)
ロマン主義は、そもそも文学の領域でギリシア・ローマを最上の文化とする古典主義への反動として生じ、それが自国の文化や根源への眼差しを育みました。音楽もその例に漏れず、まさにショパンの「マズルカ」もそのようなもので、芸術音楽とは異なる音素材がショパンの想像力と溶け合う様が観察できます。
しかし、ショパンの後期のマズルカには、このような文脈では理解できない極めて深刻な瞬間があるように私には感じられます。
この感覚を論じるために、20世紀の哲学者であるジル・ドゥルーズ(1925−1995)の『消尽したもの(尽くされた)』(1992)というエッセイに触れたいと思います。
このエッセイは、ドゥルーズがサミュエル・ベケット(1906−1989)の後期作品を論じたものですが、この20世紀に書かれた虚無的な論考が、ショパンの後期作品と共鳴する様を皆様に感じ取っていただければと考えております。



